人生100年時代という言葉をよく耳にするようになり、男女ともに年々日本人の平均寿命は年々伸びています。そして、長生きとともに心配になるのが、認知症です。2025年には、65歳以上の5人に1人が認知症を発症すると予測されており、認知症は今や「誰でもなり得る病気」といえます。
また、私自身、障害のある家族がおりますが、生まれつき知的障害のある方もいれば、病気や事故によってある日突然に身体障害・難病を抱えることになった方や、日々の社会生活のなかで精神障害を抱えることになる方もいます。
こうして認知症や障害などにより判断能力が不十分であること/十分でなくなることは、生きていれば誰にでも起こり得ることです。
ここでは、そうした判断能力が不十分な方の権利や財産を保護するための「成年後見制度」や、「家族信託」という制度についてご紹介します。
(1)成年後見制度とは?
成年後見制度とは、判断能力が不十分であるご本人に代わり、後見人が財産管理や日常取引に必要な代理等を行い、そして、時には契約の取消しを行えるなど、ご本人の権利と財産の保護を図るための制度です。
成年後見制度の理念は、「ノーマライゼーション」(:いわゆる「共生」。)、「身上保護(旧:監護)の重視」、そして、「自己決定権の尊重」とされています。
そして、この制度には、「法定後見」と「任意後見」の2種類があります。以下でそれぞれについてみていきましょう。
①法定後見制度
法定後見制度とは、裁判所の手続きによって後見人が選任され、後見が開始する制度です。既に認知症や障害によってご本人の判断能力が不十分になっているときに利用されます。
法定後見制度は、ご本人の判断能力の程度によって、(i)後見、(ii)補佐、(iii)補助の3つの類型のいずれかに分類されます(※いずれの類型に該当するかにより、後見人の関与の度合い(=ご本人の権利制約の範囲)が異なってきます。)。
この制度は、「転ばぬ先の杖」である任意後見契約を締結しないまま判断能力不十分になってしまった方のための、補完的な制度です。
②任意後見制度
任意後見制度とは、ご自身がお元気なうちに、将来ご本人の判断能力が不十分になった場合に備えて、ご自身の信頼できる方をみつけて、将来の後見人になってもらうための契約を結ぶものであり、いわゆる「老後の備え」をするための制度です。
任意後見制度は、委任「契約」に基づくものですので、ご本人の判断能力が十分にある場合にのみ、ご利用できます。
そして、任意後見契約は、「契約」であることから、契約自由の原則に基づいて、ご自身の目で信頼できる方を見極めて後見人をお願いすることができ、また、その契約内容も、財産管理や身上監護といったご本人の保護のために必要最低限の内容に留まらず、原則として自由に決めることができるところに、大きな利点があります。
法定後見制度との関係は、両者が競合した場合には、制度理念(:「自己決定権の尊重」)に基づき、任意後見制度が優先されます。
■任意後見制度と法定後見制度との相違点
法定後見制度 | 任意後見制度 | |
位置付け | 転びかけてから…の制度 | 転ばぬ先の…制度 |
根拠となるもの | 家庭裁判所の審判 | 任意後見契約 |
求められる判断能力の程度 |
判断能力が不十分になった後に利用可 |
契約を単独で有効にできる十分な判断能力が必要 (∵根拠となる任意後見契約は、ご本人自身が締結しなくてはならないため。) |
位置付け | 任意後見の準備をしないうちに判断能力が不十分になった場合のための”救済措置”的な制度。 | 本人の意思に基づく契約によるものであることから、自己決定権の尊重の原則の下、法定後見制度に優先する。 |
成年後見人の職務 |
・身上保護(旧:監護)事務 ・財産管理事務 |
判断能力が不十分となった後の生活・療養看護・財産管理に関する事務のうち、契約上、代理権を与えられた事務。 |
後見開始決定に要する費用 |
10万円程度 |
|
後見開始後に発生する後見報酬(月額) |
0~5万円/月程度 (※具体額は、裁判所が本人の資産状況等を勘案して決定するため、人により異なる。なお、所得に応じて行政による援助が受けられる自治体もある。) |
0~6万円/月程度 (※契約で取決めた額。ご家族を選任する場合は、無償が多い。うち、後見監督人への報酬は、1~2万円/月程度。) |
後見監督人の要否 |
必要な場合のみ |
必 要 (※後見開始審判とともに後見監督人も指定される。) |
後見人の取消権の存否 |
あ り |
な し (∴万一、ご本人が消費者トラブルに巻き込まれたとしても、任意後見人には当該契約の取消しはできない。) |
ご本人の死後に生ずる事務の遂行権限の有無 |
あ り (※ただし、財産の保存行為、債務の弁済、火葬/埋葬に関する契約の締結、死亡届の提出その他民法上認められた権限の範囲に限る<§873の2, §874>) |
な し (※任意後見契約の締結のみでは、法律上当然には死後事務に関する遂行権限は生じない。) |
後見人となる者 | 家庭裁判所が選任した者 | 本人が信頼できる人物として選び、契約した者 |
■主にこういった方におすすめです
- 独身の方・お子様はなく既に配偶者様を亡くされている方
- お子様が遠方にお住まいの方
- 親族と疎遠になっている方
- 認知症や消費者被害などが心配な方(※ただし、後者は法定後見人のみ対応可。)
■任意後見契約についてのタイミング
任意後見契約は、「契約」ですので、ご自身の判断能力が十分であり、かつ、将来的に後見人を引き受けてくれる方がいれば、いつでも締結することはできます。
これは、裏を返せば、任意後見契約は、「ご自身の判断能力が十分なうち」にしかできない、ということです。まだ自分には早いから…と対策を先延ばしにすることにより、真に必要になった時には判断能力が不十分となって契約できなくなることもありますので、タイミングの見極めには注意が必要です。
任意後見契約は、契約締結後直ちに効力が生じるわけではありません。契約後に判断能力の低下等が認められた後、裁判手続きを経てから発効します(※お亡くなりになるまで判断能力が低下しない場合には、発効しないこともあり、そういった意味では、いわば「保険」のようなものともいえます。)。
■任意後見制度と関連する制度
任意後見制度と併用することによって、任意後見制度をスムーズに開始させたり、また、制度開の利用開始前/終了後の隙間を埋めるための補完的な役割を担うものがあります。
そうした、任意後見制度との併用が時に望ましい制度について、ここではみていきましょう。
まず、お一人で生活されているなどの事情により、周囲がご本人の判断能力の低下(=任意後見制度の発動すべきタイミング)を見極めることが難しい場合には、「見守り契約」など第三者が適切なタイミングを見極めるための契約が別に必要となる場合もあります。
そして、まだ判断能力は十分にあるけれども、身体に不自由が生じてしまって財産管理が難しくなる場合に備え、「財産管理(等委任)契約」を締結して一定の代理権を受任者に付与し、財産管理に関連する生活の不便を解消するという方法もあります。
次に、身寄りのない方など、ご本人の死後に生ずる事務(:葬儀、入院・入所費用等の生前に生じた債務の支払い、居住空間の明渡し等)を行う方がいらっしゃらない場合には、事前に「死後事務委任契約」を締結しておくことにより、こうした事務処理について委任することもできます。
さらに、任意後見契約は、公正証書で作成するため、併せて「遺言公正証書」(:こちらも公正証書化が必要。)を作成しておくと便宜であると一般的にいわれています。
加えて、回復の見込みのない末期状態になったときに、延命治療を希望しない場合には、「尊厳死宣言書」を残しておく、ということも大切です。これを残すことにより、人生の最期をどう締めくくりたいかについてのご自身の意思が尊重されることになる上、ご家族が延命治療を受けるかどうするか…という重い決断を迫られずに済むことにもなります。
以下は、任意後見契約とそれに関連する制度がそれぞれ必要になるタイミングを時系列で示した図です。
これらの契約等は、ご本人の必要性に応じて、例えば以下のように組み合わせて利用することもできます。
例)
- 見守り契約 + 任意後見契約 (:≪将来型≫任意後見契約。)
- 見守り契約 + 財産管理等委任契約 + 任意後見契約 (:≪段階型≫任意後見契約。)
- 財産管理等委任契約 + 任意後見契約 (:≪移行型≫任意後見契約。)
- 任意後見契約 + 死後事務委任契約
ご自身を取り巻くご状況から、今後どういったケアが必要になってくるのかをご検討の上で、適切なご準備をいただく際の一助としていただけましたら幸いです。
✉お問合せは、こちらから。
(※費用については、こちらをご参照ください。)
(2)家族信託とは?
判断能力が不十分になった場合に備えるための制度として、任意後見契約の他に、「家族信託」という制度もあります。
家族信託は、営利を目的としない「民事信託」の中でも、特に家族に託すもの、を指します。成年後見制度における制約に抵抗を感じる方が、その他にとり得る方策の一つとして、近年注目を集めるようになりました。
■家族信託の仕組み
■後見制度と比較した際のメリット・デメリット
【メリット】
- 後見制度(法定後見)と異なり、見知らぬ第三者である後見人に財産を管理されることはない。
- 受託者が親族の場合には、報酬はかからない。(△)
- 後見制度下では認められない介護費用捻出のための資産運用ができる。
- 会社や事業に関する判断も受託者に委ねることができる。
- 老後に頼れるご家族がいない場合、事前対策になる。
【デメリット】
- 預貯金口座の開設や解約(凍結預貯金を動かす)等はできない。
- ご本人が締結した契約の取消しはできない。